ママと子どもの「欲しい」を仕立てるpomochi(ぽもち)ブログ

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告別式

ブログ更新が空いてしまい申し訳ございません。
そして、~No.24様分まで完成しているのですが、発送が遅れていて申し訳ございません><
明日発送予定です。

おばあさん(夫の祖母)が亡くなり、昨日お別れをしてきました。
何度も危なくなってはまた持ち直して元気になる、という繰り返しだったので、お義母さんから「ちょっと危ない」と夕方にメールが来ていて、その2時間後に亡くなったという電話を受けた時は、全然実感がわきませんでした。
私の母の時もそうだったんですけど、危ない→持ち直す、を何度も繰り返すと、いつものことでまた元気になるわという感覚になってしまうんですよね。
でも、昨日告別式に参列して、最後に皆で棺の中にお花を入れて、冷たい顔に触れた時に、あぁ本当に亡くなってしまったんだなぁと思うと、涙が止まらなくなりました。
初めてお会いしたのは結婚することになり、ご挨拶に夫の実家へ伺った時。
優しいおばあさんで、毎回会うたびに「ようきたね~、ようきたね~」と声をかけて下さいました。
ぺんちゃんのことも「可愛いねぇ」と言ってもらえて嬉しかったなぁ。
お花を入れるとき、おばあさんが亡くなったことももちろん悲しかったのですが、母の葬儀のことも一緒に思い出して、余計に泣いてしまいました。

葬儀にはぺんちゃんも一緒に連れて行ったんだけど、朝の8時30分に家を出発し、11時~16時30分までの長丁場、泣きもせず、葬儀中は大人しくしてくれていて、我が子ながら本当に良い子にしてくれていたなと思います。
親戚の方々も「ほんと賢いね」と褒めて下さって、ぺんちゃんも嬉しそうでした。
お昼寝の時間が取れないのでぐずるか心配していたのですが、火葬場から葬儀場へ向かうマイクロバスの中で眠ってくれ、ご飯も私の分を取り分けてたくさん食べ、その後空き時間には存分に遊び、最後は初七日法要の間中ずっと眠り、終了直後に目を覚ますという、スーパー優等生でした(親バカ)
エルゴが本当に大活躍してくれて、今日ほどあって良かった!!と思う日はないくらい、エルゴ様様でした。

今日はぺんちゃんと初めて会う親戚の方々も多くいらして(皆さん出産内祝いのはがきや年賀状で顔は知っている)、「可愛いね~」「大きくなったね~」とたくさん声をかけてもらえました。
私に似てるという方や、夫の小さい頃にそっくりという方、色々いらっしゃって面白かったです。
葬儀までは皆さんしんみりされていたのですが、火葬後の骨上げが和気あいあいな感じで、かなり面白かったです。
骨上げは私の母方の祖父母、実母の時に既に経験しているのですが、係の方が指示される以外は皆一切手出しはしませんでした。
でも、今回は喉仏の骨を義父母が拾った後は、皆わいわい「ここの骨は何?」「ペースメーカーはどこ?(おばあさんはペースメーカーを入れたまま火葬されました」と自ら骨をより分けていました(笑)
あと、親戚のおばさんが「○○くん(夫)、腰悪いから腰の骨入れさせてもらい!え、腰の骨もう誰かが入れた?すみませーん、腰もう一つお願いしまーす!!」とまるで居酒屋で注文するかのごとく係の方に伝えていて、それがすごくツボでした。おばさんは「火葬場でこんなん言うたの初めてやわ~」と後で笑ってました(笑)
悪い部分の骨を入れるとご利益があるという話は聞いたことがないのですが、皆さん代わる代わる気になる部分の骨をこれまた和気あいあいと骨壺に納められていました(笑)
お義母さんが、ペースメーカーのコードを大切そうに持って帰っていたのが印象的でした。
私も母の時、ステント(血管を拡張するやつ)を発見して、持って帰りたいなぁと思っていたのですが、見る度に思い出して辛くなりそうなので持ち帰らなかったのです。
でも、やっぱり持って帰ったら良かったな。そんなことを思い出して、またしんみりしていたのでした。

人が亡くなることって、やっぱり辛い。
でも、いつか自分もぺんちゃんに見送られる日が来るんだなぁ、と思うと不思議な感覚ですね。
自分はもう親世代なので、見送る立場と見送られる立場、どちらが近いかと言うと見送られる立場の方が近いという現実。
ぺんちゃんに見送られる日、悲しいけれど笑って見送って貰えるような親になりたいなと思いました。